2012年5月25日 (金)

忘れられない警察官

 先日、市役所に向かう途中に駅前交番に寄り、昔、ある事件で知り合った若い警察官の消息を知ろうとした。が、やはり人事異動は頻繁に行われているそうで今ではもう現職の担当警察官でもわからないという。止む無く退散したが、この警察官、若いのに警部補であった。どこか田舎の出身のようであったが、筋肉隆々の身体であり流石に刑事である。その辺の暴漢など素手で取り押さえられよう。勿論、柔道や剣道の有段者であろう。

 人の心理状態を見抜く目を持っておられていた。でないとこういう仕事は務まらないであろうが・・。私に対して「友達」とおっしゃってくれた。とても嬉しい言葉であった。もともとそんなに友人はいない者にとって、心強いものである。まして犯罪に巻き込まれ心細い毎日を過ごす私には安心感をもたらしてくれた。それだけに忘れられない御仁であった。もうお会いすることはないだろうが、たぶん、いずれ警視くらいには昇進するであろう。

2012年5月 9日 (水)

久々の神宮球場

 この連休中に昔を思い出して野球観戦に出かけてみた。懐かしい応援歌やら校歌が球場に近ずくにつれ聞こえてきた。入り口で応援席券を買って中に入ると応援部の学生さんが整列して迎えてくれた。そして、いざ席に座るともうテンションも次第に上がってきていた。試合前の両校のエール交換時には脱帽の上、起立し静かに校歌を歌わせられた。あまり頭脳明晰ではない自分でも校歌くらいは覚えていた。

 だが試合が始まるともう大変なことになった。応援部の指導の下、半強制的に応援しなくてはならないのだ。何度も立ったり座ったり、そして歌までうろ覚えでも歌わなければならない羽目になっていた。もう勘弁して欲しいが負けると自分も嫌なので体力の持つ限り協力させて頂いた。幸いにも試合には勝った。が、帰りの足は千鳥足になっていた。そう疲労の度困憊になっていたのだ。

 でもこれ、いいストレス発散であり楽しいから次回も駆け付けたい。それに後輩の若者の顔を見ていると若返るというもの。優勝祝賀会には是非、母校にて美酒を堪能したいものだ。

2012年4月13日 (金)

北朝鮮

 また北朝鮮がミサイルらしきものを発射した。もういい加減にして欲しい。人工衛星だと主張していたがそれは証明されたのか。もし人工衛星だとするなら欧米の専門家による検証をしてもらうべきではなかったか。大体、約束を反古にするようでは今後、益々、国際社会から孤立するであろう。日本もアメリカも不快感を今後、一層、強めるであろう。もう北朝鮮に食糧支援する国もなくなろう。

 そうなれば一番、深刻なのは国民である。指導者には豊富な食料が配給されているが下層階級の国民には十分な食料は行き届いてはいないのである。酷い場合には餓死しているではないか。そもそも軍需予算があったら食料配給に回すべきなのである。国家の基本は国民ではないのか。それが北朝鮮は一部指導者の為の国になっているではないか。正に独裁である。一日も早く民主的な国家になって欲しい。そうすれば国も豊かになるし国民も幸せになれるものと思う。どうか新指導者にはこのこと胸に刻んで頂きたい。餓死から生き残るため脱北しようとする国民を射殺する国はもうまともな国家とは言えまい。

2012年4月 2日 (月)

教会への道中で・・

 四月になって、久々に近郊の教会まで出掛けてみた。教会に着く途中の橋では携帯電話片手に自転車に乗ってピュンピュン飛ばす輩がいてとても怖かった。自分は歩いていてよけるのも大変。教会に着いて所轄署に電話すると一応、交通違反のようである。それで恐怖体験を告げると応対に出た署員の方、立て看板は立てられないがパトロールはしてくれるというのでちょっと安心した。

 今は新入学時期ですし危険極まりない自転車から弱い通行人を守るのも警察の務めかもしれない。何も事後処理ばかり専門に扱うより、ことが起きるのを未然に防ぐ方がずっと大切と思う。そもそもこの橋は自転車は下りて通行することになっている旨、標識も出ているではないか。署員の説明によると事故れば自転車側に責任が課せられるそうである。もう立派な交通事故である。

 尚、判例では接触死傷事故などで数千万もの賠償を命じたものがいくつか出されている。私も自転車は乗るので他人事では勿論ない。

2012年3月23日 (金)

患者を虐待する病院

 ある病院に通院していますが、そこの職員に私は大変な暴言を吐かれ続け、ホトホト疲れました。例えば「死んじゃえ」とかであります。これ信じられないでしょうが現実であります。今まで主治医が立派な先生だったので通っていましたが我慢も限界です。あまり主治医を変えるのは気が進みませんが止むを得ません。これでは良くなるものも良くはなりません。第一、その職員の顔も見たくなくなりました。

 一応、落ち着いたらせめて病院長にだけでも手紙でも出したい気分です。こういう問題は黙っていてはなくなりませんから。この病院について思うのはもう腐りきっています。だから何を言っても無駄かもしれません。一部の職員だけと思いたいですが、もう幻滅しました。

 暴言職員はもう病院スタッフとしてはもとより社会人として失格だと思います。病院長が何を思い何をするのか見ものです。

2012年3月16日 (金)

モラルハラスメント

 最近までいろんなところで中傷誹謗の言動を浴びせられて来ました。どれもささいな言葉です。が、それを日常茶飯にぶつけられていると知らず知らずに身体が重くなります。そして、とうとうダウンしてしまうのです。これはボクシングに例えるとちょうどボディブローをずっと打たれている状態です。大したダメージはその時は感じないかも知れません。でもそれを打たれ続けていると徐々に効いてきます。そして力がなくなり弱まっていきます。こういうのは簡単には回復しません。長い間のことなので。そして最悪、立てなくなります。私はこれまでこれを経験してきました。こればかりは医師に相談しても無駄であります。薬の処方もありません。

 言葉というものは便利なもので口から出す先から消えていきます。ただ言われた方は受け取り方もありますが気の小さい人だと心的ストレスにもなりかねません。だから貯めないことだと思います。言う方は特段の悪気はなくてもこれは言葉の暴力にもなりかねません。

 思うに一番いいのは気にしないこと。言われてもさっと流してしまうこと。嫌な気持ちになったらその場を離れること。そして疲れたら寝ること。そして忘れることだと思います。

 何の罪もない人にお前は悪い奴だとささやくのがモラルハラスメントと解していますが、もっと正確には相手の善良なる道徳心を踏みにじる言動を吐き続ける行為だと思います。この被害は被害者にも被害とは認識しずらい点も指摘されているようです。だから怖いのです。加害者も害を与えているという意識がない場合もあるようですから。

 とにかく相手の立場に立って何事も言葉を出して行きたいものです。ひどい場合には傷害罪も成立すると思います。自分が人に言われたくないことは言わないことではないでしょうか。気を付けたいものです。

2012年3月 8日 (木)

安住地にて延命へ

 東北の被災者の皆さんも徐々に復興の兆しを感じておられることと思う。ここに一日も早い復興を願うものである。

 故郷は誰でもいいものであろうが、私の場合、最早、ここは安心して住めるところではないようだ。親兄弟より無視され遺棄されてきた。いくら懸命に生きようとも親兄弟はそれを許さない。黒いアヒルの子はとても近所でも住めそうもないようだ。生まれがなんであれ真面目にやってきたのに・・。暴力、脅し、遺棄、泥棒、嘘の罷り通る地にいても希望は生まれない。でも恨んでも何も始まらないだろう。ここの人たちにはもう自分という存在は不要になっているようだ。だから静かに離れたい。最後に話し合って。縁がもともとなかったと思えば良いのだから。

2012年3月 6日 (火)

頸椎症性脊髄症等

 ここ最近になって、また首輪と杖を使い始めた。やはり、これがないと大変である。もうある意味、安定具になっている。発端は鞭打ちだったが、こうまでなるとは夢にも思わなかった。もう医師からも見放されている。このまま行くと寝たきりもあり得よう。本当に辛いし悲しい。でも誰にも知られずにいなくなるのは御免だ。なんとかこの現状を世に知らしめたい。・・苦しい。

2012年3月 4日 (日)

ある信仰の教え

 先日、教会からの機関紙が届いた。毎月の楽しみのひとつであり、とても気持ちも和むので読んでいる。今回、その中での言葉があった。それは「どれほど相手に非があったとしても、自分の言っている事が正しい筋が通っていても、責める心は信仰に通じません。愚痴や不平不満、悪口などを言ったり、思ったりしていては、信仰道徳を犯し、心と霊魂を汚してしまいます。思ってしまった時は、直ぐに祈りに切り替えていきましょう。」これ、とても理解できること。

 ただ、まだまだこの境地まで自分は達していないのも事実。情けないがこれは認めなければならない。でも、どんな人にも長所はたくさんあると思う。粗探しばかりしていては、つまらない人生になろう。また、どんな悪人もどこかその悪行について苦しんでいるとも思えるようになった。根っからの悪人はいないのかも知れない。悪態は誰かが見ているように思える。もしかすると神かも知れない。だから、もう人を憎み嫌うのは止めたい。一辺には無理でも努力はして行きたい。こういう感情を持っていると日常生活でも影響が出てくるし、第一、疲れるのも確かである。もっと心穏やかに生きて行きたい。悲惨な悪夢は忘れたい。

2012年3月 2日 (金)

GOING MY WAY

 最近つくづく思うことがある。それは幸せというものは気の持ちようであること。その日その日で、不幸に思うこともある。こればかりはどうしようもない。これ、誰でも同じなのかもしれない。自分の場合、ちょっと奇妙な生い立ちである。親に嫌われ、兄弟からも嫌われている。これ、元凶は生まれのような気がする。間違って生まれるとこんなものかも知れない。何をするにつけ他の兄弟が優先される。つまり自分は邪魔であり、いなくなった方が上手くいくのだ。

 これ、もう言われていることである。ただ、ここで短絡的に飛び出ても行くあてがないのも現実だ。ここは静かにやるべきことをやって好機を待ちたい。確かに今は絶望の淵にある。でも、ありがたいことにこんな自分を理解してくれる人も存在する。だからこそ生きられるのだ。やはり一人では生きていけない。これからの人生、もっと周りの理解者を増やして行きたい。もうここの親族は敵になっている。だから必要なことだけ接していこうと思う。正直、もう親はいないと思っている。はじめからである。親にもう甘えるのは止めよう。もう一人暮らしは始まっているのだから。誰もあてにはできない。

 野良猫のようにこれからも一人で生きていくのかも知れない。これ、運命なのかも知れない。でも、だれかと平穏な暮らしも送りたい。怖い面々とは離れたい。これ、希望である。

 昔、主治医から言われた言葉「GOING MY WAY」これ、生涯、忘れない。

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